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北アルプス・双六岳付近のミヤマキンポウゲ(10.08.22)

零細出版人の遠吠え

09/06 いやぁ、懐かしい歌を思い出しました。合唱曲「U Boi!」です。日本ではそれほどポピュラーな曲ではありませんが、大学グリークラブなどでは、定番中の定番です。朝日新聞9月4日付「be on Saturday」の「うたの旅人」で、この歌の数奇な運命が紹介されていました。
人がこの歌の何に惹きつけられるかといえばやはり、その「勇ましさ」でしょう。でも、それは、哀調帯びた日本の軍歌「勝ってぇくるぞと勇ましくー」とは、ちと違う。高いゲージツセーが認められるのです。
この歌は長らく、「スロヴァキア民謡」だとされてきました。第1次世界大戦後に神戸港へ立ち寄ったチェコ兵から関西学院大学グリークラブに伝えられたことから、このようにされてきたのでしょう。歌を聞いた学生が、耳で聞いたその歌詞を文字に書き取ったのでしょうか、ところどころにスラブ系言語の痕跡を残してはいるものの、いささか怪しげな字句が並んでいるだけでした。

U boi Uboi makis toka bracho. Nak Yunchiya kako Mre Mo Ni.…
Za do mo vinu michi ko li ka slat. Prokaus maninu mo va on mo ro post!

そこで私らの大学グリーのメンバーもその謎の解明に取り組み、チェコ語・スロヴァキア語に通暁した方にお伺いを立てたりもしたのですが、そのどちらでもないとの結論。もしかすると、ユーゴスラヴィアのどこかの言葉かもしれない、というところまでは追い詰めたものの、それっきりになっていました。
正解は、クロアチアでした。うーん、それほど見当違いでもありませんでした。オスマン・トルコの大軍から欧州を守る「愛国歌」だということです。なーるほど。

09/03 「ホメオパシー」が効くのかどうか怪しいところですが、古来、薬には、毒を薄めたようなものが多くありました。「越中富山のアンポン丹」も「毒掃丸」も、要は「毒」の濃度の問題のようです。
薬物実験などでよく、「××をマウスに△mg 投与したところ、病変が現われた」式の結果が発表されます。ここでいちばんのポイントは、その薬物がどれだけの期間に、どれだけの量を投与されたかにあります。要するに、どんな薬物でも、いっぺんにドカーンと投与すれば、何かしらの不調が出てあたりまえということなのです。
「最小不幸社会」を掲げるカン氏はその点、元来「毒性が弱い」とされてきたのですが、最近では「霞が関湯の毒草風呂」にどっぷり浸かりっ放しですので、いかが相成っていましょうか? 対する「О-イチロー7」氏は、もとより「猛毒」を保持しているやに巷間ささやかれてきました。
要するに「ミンシュ猿山ボス猿合戦」は、「毒」と「毒」との争いなのです。どっちが「アンポン丹」で、どっちが「毒掃丸」なのか定かではありませんが、「毒をもって毒を制する」どころか、「毒を喰らわば皿まで」なんて考えが出てきても不思議ないのかもしれません。

09/02 Kボス猿候補はきのう、「明治維新には西郷隆盛の力が必要だったけれども、明治維新以降、西郷さんはああいう末路を迎えた。これが大事だ」とブチ上げたそう。
こりゃどうみても、Оボス猿候補への当て擦りでしょう。しかし、今回のО沢氏の出馬が、ご自身の政治生命を賭けた「最後の闘い」という点では、まるで見当外れということもないでしょう。
で、「このお二方のどちらを?」と問われれば、従来なら躊躇なく、「市民派」を標榜するカン氏に軍配を挙げたことでしょう。でも、権力の座に就いてからのカン氏はといえば、官僚の意のままズルズル前言撤回を繰り返すばかりで、結局、何だか旧来のジミントー政権と何ら変わらない地点にまで後退してしまいました。ならば、「О-イチロー7の毒」をもって「毒を制する」のも一手かもしれない、と思ってしまうのも無理はない。
О沢氏はきのう、「普天間問題」で、「沖縄も米国政府も納得できる案は、知恵を出せば必ずできると確信している」とまでは言いましたが、その具体策については、「いま自分の頭にあることをこの席で申し上げるわけにはいかない」と、またまたもったいぶっています。そしてカン氏から、「もう一回、白紙に戻して議論をスタートすることになると、1年近く続いたこの問題の混迷を改めて招く」と突っ込まれると、「白紙に戻すと言っているわけではない」と、すぐさま逃げてしまいました。
うーん、やっぱり、「日の丸扇子」の出番はなさそうです。

09/01 9月になりました。そろそろ秋風でも吹いてほしいものですが、「猛暑日」「熱帯夜」はまだまだ続くよう。それに輪をかけるように暑苦しくしているのが、「ミンシュ猿山ボス猿合戦」です。
「挙党一致」だの「トロイカ」だの、ジミントー時代にもよく耳にした掛け声が飛び交ったあげく、結局は「ОK牧場の決闘」に持ち込まれたよう。牧場(いや、猿山でしたね?)の柵を遠巻きに見物を決め込むしかない市井の民としては、リボルバーでも二丁拳銃でも何でもОK、このさいお二方のどちらかがKОするまで、徹底的に論を闘わせていただきたい。
何でかといえば、「普天間」にせよ「消費税」にせよ、「高速道路」や「ダム」にせよ、この間、彼の「猿山」から聞こえてくる基本方針の大変更には、ろくな説明がなされてこなかったからです。いい機会じゃないですか、クーラーのきいた密室を出て、公衆の面前でアツーい熱いホンネの議論を闘わせていただこうじゃありませんか。
あいにく私らには選挙権がないけれど、万万が一、О沢イチロー氏が、「普天間返還問題で米国と再交渉する」なんて言いだしたら、両手で「日の丸扇子」を振って応援を買って出てもいい。

08/31 北アルプス山中で今月14日から行方不明になっていた61歳の女性が、きのう無事救助されました。何と16日間、沢の水を飲みながら凌いできたそうですから、その強靱さには驚かされます。まずは、生還を心から喜びたいと思います。しかし、そのうえで…
双六小屋と三俣蓮華岳を結ぶあのルートは、先日私も往復したばかりですが、天気さえよければどうっていうことのないところです。ところが、女性が迷った14日は大雨で、視界も利かなかったといいます。
たまたま捜索現場に居合わせた筆者は、一帯を低空でホバリングするヘリを見上げながら、「何で、そんなに無謀な行動をとったのだろう?」と、首を傾げたものでした。あくまで「後知恵」でしかないのかもしれませんが、午前11時に双六小屋で食事をしたところで停滞すべきでした。
女性が湯俣川の河原で発見されたというところからすると、道を間違えたのは、おそらく「巻き道」の中間点にある小沢を渡るところでしょう。視界さえよければ、岩に描かれた赤丸印に従って沢を越えたのでしょうが、あいにくの天気でした。そこを渡らず、沢を下ってしまったものと思われます。
どんな山でも、天気次第で「阿修羅」と化します。これに「体力低下」の問題が加われば、何が起こるかわかりません。
先だって三俣山荘へ向かっていた筆者が、暑さにやられて体調不良を感じ、同じく午前11時に着いた双六小屋で、早々逗留を決めたのは正解だったようです。やはり中高年登山者は、「素直に『老化』を受け入れるべき」だと思うのです。

08/30 連日クソ暑いというのに、マスメディアは「ナンだカンだ」と暑苦しい「猿山のボス猿選び」で大騒ぎ。
「政治とカネ」の説明責任はどこへやらの「ナンだ」氏、マニフェストをつぎつぎ反古にして官僚にすり寄る「カンだ」氏… そんな現状をいやというほど見せつけられてきた私たちにとっては、「どっちもどっち」ではあるのですが、旧来の自民党政権への回帰だけは勘弁してほしい。
だからこそこう思うのですが、「ナンだ」氏と「カンだ」氏は、このさいきっぱりと袂を分かった方がいい。「対決回避」とか言って今後もいい加減な「野合」を続けるより、基本理念でのきちんとした一致を基盤としたそれぞれの政党を標榜すべきだ、と。
「一党独裁政権」はもう結構。いずれにせよ、今後は「連立政権」しか考えられないのだとすれば、「ナンだ」党と「カンだ」党を中心とした「連立」を模索すればいいだけの話。その方が、いずれ必ず浮上してくるにちがいない「大政翼賛会」的な「大連立」なんぞより、よっぽど「健全な民主政治」になるのではないか?
世間に、「円満退社」や「お友達でいましょうね」式の別れがあるように、それぞれが本来理想とする道を歩むために別れる、というのもアリなのではないでしょうか?