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春の海(三浦半島今井浜、10.02.21)
零細出版人の遠吠え
03/11 そして「沖縄核再持ち込み密約」です。これについては、佐藤栄作首相の密使(偽名「ヨシダ」)として、ニクソン大統領の密使キッシンジャー(偽名「ジョーンズ」)との極秘交渉にあたった若泉敬・京都産業大学教授が、すでに1994年に『他策ナカリシヲ信ゼムト欲ス』(文藝春秋)で明らかにしているところです。
ところが今回、その若泉氏が準備したという肝心の「合意議事録」は見つかっていない。「文書を私蔵したまま引き継いだ節がみられない」ので、後継内閣を拘束する効力を持たなかった、だから「必ずしも密約とは言えないだろう」と結論づけられます。
そもそも重要な外交文書がいくつもなくなっているということ自体、不自然なことですし、大問題なのですが、これでは命を賭して沖縄県民に謝罪したという若泉氏も浮かばれまい。
03/10 話が横道に逸れてしまいましたが、きのう、「核持ち込み密約」「朝鮮有事密約」「沖縄核再持ち込み密約」「沖縄返還原状回復費肩代わり密約」の、4つの日米密約についての外務省調査結果と有識者委員会の検証報告書が公表されました。
いずれもかなり抑制された報告ではありますが、「核持ち込み」問題をめぐっては、1967年に佐藤栄作首相が「非核三原則」を提唱した直後からそれは空洞化され、歴代首相がそのウソを承知で二枚舌を使ってきたことが明らかにされました。
これは「暗黙の合意」などという文言で済まされる問題ではないと思います。というのは、たとえば1975年3月、宮沢喜一外相とホドソン駐日米大使とのあいだで交わされたやり取りです。
ホドソン「日本政府が『持ち込み』(introduction)につき、ambiguities(あいまいさ)を維持することにより両国政府間における
"secret Disagreement"(秘密の不同意)をカバーしていることは承知しているが…」
宮沢「…核政策の修正を明らかにすれば、日本国民は激しい反応を示し、米艦船の横須賀、佐世保の入港は物理的に阻止され、米海軍の基地として全く使用できなくなるであろう。現在の政策〔二枚舌…引用者〕を維持するほかない」
知らぬが仏は国民だけ。日米両政府がこれだけあからさまに話し合っているというのに、「暗黙の合意」とは、いくらなんでもないでしょうに。
03/09 この「知識人」の問題をつきつめて考えたのが、アントニオ・グラムシでした。「南部問題についてのいくつかの主題」(1936年)という論文では、資本主義の発展にともなって、前述のロシアの「インテリゲンツィア」とは違った「新しいタイプの知識人」が生まれつつあることを指摘しています。
「工業は、知識人の新しいタイプを生み出した。技術者や応用科学専門家がそれである。資本主義的に経済力が発展し、民族的活動力の大部分を吸収するまでになっている社会では、この第2のタイプの知識人が優勢である。反対に、いまだに農業が圧倒的な役割を果たしている諸国ではなお、古いタイプが優勢で、彼らは公務員の大部分を供給し、農業と行政全般のあいだの媒介機能を果たしている。」
このような視点に立って彼は、「強制」から「合意」への政治社会の転換についての思索を深めていくわけですが、それは措いておくとして、いずれにせよ資本主義の発展と教育の普及によって、「知識人」の持つ意味合いが大きく変わってきていることだけは確かでしょう。
03/08 それにしても近年、「有識者」という呼び名には、いささかうさん臭いものを感じるときがあります。「○×に詳しい某々」とか、「事情通」だとか、せいぜいその程度の意味合いで使われることが多いからです。
そんなふうに思えるようになったのは、おそらく「コイズミカイカク」からのことでしょう。何かの「民の事業」で成功したというだけの、いわゆる「勝ち組」を自任する面々が呼び集められ、これすなわち「有識者」、とされたからではないでしょうか?
先だって、ジャーナリスト仲間の酒の席で、こんな議論がありました。ある方が、「ジャーナリストは知識人であるべきだ」というような発言をしたとたん、何人かから猛然と反論の集中砲火を浴びたのです。おそらく「自分らを知識人と呼ぶのは、あまりに高慢ちきだ」ということなのでしょう。
しかし、このことについては、いくぶん歴史をたどって考える必要がありそうです。そもそもこの呼び名は、ロシア革命期に活躍したゲルツェン、プレハーノフ、チェルヌィシェフスキーら、「インテリゲンツィア」に起源があります。当時のロシアはといえば、その多くは、読み書きもできない農奴、農民、労働者でしたから、この「インテリゲンツィア」という階層が、社会的にも文化的にも変革の大きな指導力を発揮しました。
ですから、それは単に知識が豊富だというだけでなく、たえず社会や文化に目を配り、それを変革しようと活動する人々のことを指す、とみるべきなのでしょう。気の毒にも集中砲火を浴びたご仁も、おおむねそのように考えての発言だったようなんですがねぇ…
03/05 「大山鳴動鼠一匹」。政権交代後、鳴り物入りで始まった「核持ち込み密約」の調査ですが、なぁんだ、結局、核兵器搭載米艦船の日本寄港・通過が「ない」から「不明」に変わるだけじゃぁないですか!
何でも、外務省の「有識者委員会」が、核持ち込みの解釈について日米間で「暗黙の合意」があったと認定するのを受けての措置だということです。自民党長期政権下、米国にへつらうだけの歴代首相は、「米国が搭載していると言っていないのだから、そういうことなのだ!」とバガボンのパパまがいの答弁を繰り返してきました。このたびの「有識者」らの結論も、そこからあまり踏み出しているようには思えません。
私にゃどうも、「有識者」の方々が、「これはあくまでも暗黙の合意なんだから密約じゃない」とでも言いたげな、詭弁を弄しているように思えてならないんですが、勘ぐりすぎでしょうか?
とどのつまり、どうやらこれは、目線の置き方の問題のように思えます。「暗黙」だろうとなかろうと、日米両政府とも、私たちには何も知らせてくれなかったのですから、私たちは両者から騙されてきたとも言えるわけです。私たちにとって、それが「密約」じゃなくて何なのでしょう?
03/04 【検証:その8】気がつけば計7回にもわたって、朝日新聞の悪口を並べ立ててしまいました。だからって別に、朝日に恨みがあるわけではありません。むしろ、私たちがいま「普天間問題」など、日本の行く末を占う難題に直面しているからこそ、「ジャーナリズムのチカラ」を信じ、それへの期待を込めて、同紙には背筋をピーンと伸ばしていただきたいのです。
また、朝日にはまだ、社説とは違った多様な意見を掲載させる度量も残っています。たとえば、同紙コラムニスト・早野透編集委員は、こうブチまけています。
「大いなる不正義の中で、テロリストに屈するなという正義を言い張って意味があるのか。香田さんのような善意の青年まで無慈悲に殺されるのなら、イラクへの日本の関与の仕方を考え直そうよと言ってどこが悪いのか。…そろそろこざかしい政治の論理でなく、命の論理に立ち返るときではないか。」(04.11.02「ポリティカにっぽん」)
さらに、論説委員のひとり、福田宏樹さんは、「自衛隊を撤退させるべきではない」とする04.04.10社説に反対の論陣を張ったいきさつを、のちに『論座』に書いています。
で、ふりだしに戻ります。「現代史の真実を厳正に探求し、"報道"のゆがみがあれば、勇気を持って正す」。これをぜひ、紙面で実現していただきたいものです。それが「ジャーナリズムのチカラ」というものではないでしょうか?
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