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抜粋 プロローグ

 2011年3月11日に発生した東日本大震災。2カ月たった5月、被災した岩手県釜石市、宮城県石巻市・東松島市へボランティアとして向かいました。テレビの映像で見た衝撃的な光景はそのまま。いままでの町の存在をうち消す、ただただ広い荒野にガレキの山。殺伐としたという表現はこうした場面で使うのでしょうか。粉塵が舞い上がり重機の音が鳴り響く。山のように積み上げられた瓦礫とそれを片付ける自衛隊。そしてときおり見かける探し物をする住民。
 岩手県釜石市では、自宅崩壊そして家族までをも亡くしたという方々に話を聞くことができました。どのように接したら? どのように言葉をかけたらいいのだろう? と躊躇しましたが、みな前向きに一歩を踏みだそうと明るくふるまっていました。でも本当は歯を食いしばっている。何とかしなくてはと前向きに気持ちを張りつめていないとやりきれない。まちを一気に呑み込む津波を高台から見ていて生き残った人たち。そのこと自体もトラウマとして拭い去ることのできない記憶だが、あのとき一度は避難しながら、さらに救出に向かったまま戻らない友人、いまだに行方不明の親族を思うと、なぜ生き残ってしまったかとやりきれないといいます。
 そんな方々のことを思い、全国から多くのボランティアが駆けつけ、自分のことのように黙々と行動する。何か力になりたい、役に立ちたい、そこには相互の触れ合いや思いやりから新しいコミュニティが生まれつつあります。それは「無縁社会」とはほど遠い昔ながらのコミュニティ、豊かでもなく便利でもないけれど、人と人との絆が支えになり、新しい連帯が生まれ始めていました。
 グローバル経済の名のもと、経済合理性だけが追求されてきた資本至上主義。私たちは何かおかしいぞと感じていました。また政府が安全だと言っても、私たちは安心できない社会。情報の受け手である市民の立場に立つのではなく、行政や企業といった情報発信者が自分に都合のいい情報だけを提供しているのではないかという疑念があるから、安心できないのです。
 そして将来への不安。高齢化により社会保障費は毎年1兆円ずつ増加、65歳以上の高齢者は人口の4人に1人、2020年には3人に1人になるといいます。本当にそうなのでしょうか? 増税を正当化するために作り上げられた数字なのでは? と疑ってみたくもなります。そう思いながら…年金は破綻してしまうかも、健康保険制度は継続できるのだろうか、介護を受けたいときに受けられるのか? と不安を感じるので、将来に備えて節約し貯蓄を増やす。そうしたお金がぐるりと廻って国債の購入にあてられ、政府の歳出は増える一方。国民の代わりに国家が金を使う構造になってしまったのです。
 「行き過ぎた民主主義」とか、「市民力の高まりは、国家としての力を弱める」とか言う政治評論家がいますが、「国家としての力」とは何なのでしょう? 経済力? 軍事力? 国際社会での発言力? いまは、貧困のなか餓死への恐怖と戦っているような時代ではありません。国家や企業が情報統制を強めることで、さらなる経済発展を求める富国強兵的な考え方に賛同する人は少ないと思います。国民の不安をあおることで貯蓄を増加させ、さらには将来への備えとか、東日本大震災復興のためとして増税を優先させることしか方法はないのでしょうか? 原子力発電の安全性はどうなっているのか、年金や健康保険の問題も含め、本当のことを明らかにしたうえでの国民的な議論が必要なときだと思います。
 「60歳定年」は1980年に法制化されました。それまでは、55歳定年制の会社が多かったのですが、企業は段階的に改正を求められ、93年に義務づけられ、2013年には「65歳定年」となります。この間、平均寿命はどう変化したのでしょうか? 80年、男性は73.35歳で女性は78.76歳、10年には、それぞれ79.59歳と86.44歳になっています(90年 男75.92歳・女81.90歳、00年 男77.72歳・女84.50歳)。この30年間で男性は4.37歳、女性は5.74歳、寿命が延びています。ですから、退職後の存命期間ということではあまり変わらないということになります。
私は平均寿命ではなく平均健康寿命という考え方がよいと思っています。つまり、心身ともに健康で、元気に活動していられる期間がどのくらいか、ということです。病床に臥せたり、認知症になったり、介護が必要になったり、そうした期間を平均寿命から差し引いた健康寿命をできるだけ平均寿命に近づけることで充実した人生になると考えるからです。WHO(世界保健機関)が07年に発表した「世界保健レポート」によると、日本の男性の健康寿命は73歳、女性は78歳。同年の平均寿命は、男性が79.19歳、女性が85.99歳。元気でない期間は、男性が6.19年で女性が7.99年ということです。この期間は病院や介護施設のお世話になり、社会が負担するコストも膨大です。それにもかかわらず、そうしたサービスの受給者は決して幸福ではありません。厚生労働省は、00年にスタートした「国民健康づくり運動」の一環として11年2月に、働く人の生活習慣を改善し健康寿命を延ばす啓発活動「Smart Life Project」を開始しました。
ユニバーサルデザイン(UD)は、高齢者や障がい者を含めたできるだけ多くの人にとって生活しやすい環境を提供することを目指しています。高齢者が社会の中でいきいきと活動できるようにするにはどうしたらいいのか? 「生涯現役」と仕事や社会活動をし続けることも、「生涯学生」として勉強することも、「楽しいことこそ人生」と生活をエンジョイすることも、多様なライフスタイルの選択肢が準備されることが健康寿命の伸長につながります。バリアフリーの推進により、高齢者の自立した活動が可能になりつつあります。より多くの人が充実した人生を送るにはどのような社会にすべきか、その答えはUDの中にあります。
震災から5カ月経過した8月11日、岩手県釜石市で「復興祈願祭」が開催され、3000本のキャンドルが、市の中心街の青葉通りに灯りました。「浴衣プロジェクト」とあわせて開催されたこのイベントには釜石市民はもちろん、ロウソクメーカーや東京青年会議所、NGOのカリタスジャパンなどが協力、3000人以上の参加者がありました。驚くことに、このイベントには釜石市からの協力はあったものの予算はゼロ。こうした民の構想に官が協働するという行動こそ、これからの日本の力となることでしょう。
このたびの震災は私たちに多くのことを教えてくれました。法律や制度は頼りになりません。最後に頼れるのは家族や地域社会、人と人との絆そして連帯だと気づき始めました。行政に頼り過ぎていた生活を反省し、地域社会の一員として、自分たちのことは自分たちで決めて責任を持って実行する、という新しい社会秩序を求め始めました。震災復興に向けてあらたな形のコミュニティを作りあげること、それを推進するためにユニバーサルデザインを提案します。
放送ジャーナリストであった故ばばこういちさんがテレビメディアを使ってユニバーサルデザインの考え方を広げたいという思いから、CS放送朝日ニュースターで02年から月1回のテレビ番組「よみがえれニッポン」を始め、09年までの約7年間、私はキャスターとして番組制作に関わりました。本書はその番組での取材を中心にまとめたものです。ユニバーサルデザインの方法論や技術論ではなく、理念や価値観として捉え、これからの新しい社会秩序を模索することを目指しています。
                     著者 安藤 千賀